ガチの乗り鉄だった時代(中学1年~高校1年)のネガフィルムをデータ化。
北海道は高1の夏休み(1983年8月)に全線乗りました。まずは、
1970年の路線図です。


(⇔スライドします)
美幸線から松前線まで、この番号順にやる予定(白糠線だけフライングして先出し)。
あと、瀬棚線とか岩内線とか、写真が見つからなかった路線はナシ。どこかにありそうだが、フィルム切れかも?
乗ったのは1983年なので、上の路線図とは一部異なる部分あり。
国鉄は白糠線が上茶路まで、石勝線未開通、根北線(斜里-越川)が廃止前だったりします。札沼線も繋がってますね。歌登、夕張、羽幌など、私鉄系がまだ残っている。


では、羽幌線です。起点の留萌駅も今はなし(2019年7月撮影、留萌本線深川行)。
開業① 1927年10月25日(留萠線)留萠-大椴
開業② 1935年6月30日(天塩線)幌延-天塩
全通 1958年10月18日
廃止 1987年3月30日
炭砿と鰊(にしん)の街・羽幌を目指して南北から攻めた路線。


1983年の道内時刻表、下り(切り貼り)。留萌本線のときにも書いたけど、
天売、かむい、るもい、はぼろ、大雪。
急行が華やかな時代です。


上り。幌延-留萌で141.1km。約3時間30分かかっている。急行(天売、はぼろ)で3時間弱。

✖留萌 9:52-12:45 幌延(急行・天売)
羽幌行のサボ、天売の写真もあるので、乗ったのはこれだと思っていたが、

◯留萌 11:27-15:03 幌延
幌延行の写真が出てきたので、こっちまで待ったのかもしれん。できるだけ普通列車に乗るという気分もあったしね。
40年前の話だが気になるw

さて、進んでいきます。古丹別。1931年延伸時の終着駅。
ひとつ手前に、
「番屋ノ沢」という男前な仮乗降場がある。
鰊の路線ですなー。隣駅の「力昼」(りきびる)も格好いい。


羽幌。天売島・焼尻島は町内(フェリーで1時間程度)。

羽幌炭砿の閉山後は苦戦が続く。
未成線の名羽線(名寄-朱鞠内-羽幌)については、深名線の回に触れたのでそちらで。
その名羽線の一部として生まれた羽幌炭礦鉄道(築別-曙)は、1941年~1970年まで営業。廃止直前のダイヤはこんな感じでした。


片道70円、6往復。
DCが羽幌まで乗り入れていた時期もあったようです。
曙の少し奥に、羆事件で知られる三毛別がある。さらに山を越えていくと朱鞠内。

戻って北上、丸松。

原野感。幌延の北はサロベツ原野だしな。道北ですねー。

天塩の手前、更岸。ここから30分強で幌延に。

ネガに幌延到着以降の写真がなく、いきなり利尻。
おそらく稚内に出て、札幌まで乗っていると思われます。当時の時刻表によると、稚内 21:00-5:56 札幌。9時間コース。

札幌着。
でもこの記事は幌延からオホーツク海へ。次回は興浜北線・興浜南線です!
最後に。
20日間、目一杯使ったこれ、、、

北海道ワイド周遊券。当時の時刻表によると、
学割で23,300円(20日間有効)
東京から。10月から冬季2割引。凄い切符がありました。これがなければ高1で全線乗るとか無理だったなあ。
B寝台に乗らず自由席なら夜行急行に乗り放題なので、宿泊費はタダ同然です。
大雪や利尻に乗り、上川や士別で上り⇔下りの乗り換えとかしてました。そういう大人がたくさんいた時代ですw あたしはガキでしたが。

北海道廃線シリーズ、続きます。













