北海道は高1の夏休み(1983年8月)に全線乗りました。まずは、
1970年の路線図です。


(⇔スライドします)
美幸線から松前線まで、この番号順にやる予定。
白糠線だけフライングして先出し。あと、瀬棚線とか岩内線とか、写真が見つからなかった路線はナシ。どこかにありそうだが、フィルム切れかも?
乗ったのは1983年なので、上の路線図とは一部異なる部分あり。
国鉄は白糠線が上茶路まで、石勝線未開通、根北線(斜里-越川)が廃止前だったりします(この項の最後に触れます)。歌登、夕張、羽幌など、私鉄系がまだ残ってますね。

では、標津線。(1983年8月)
開業 1933年12月1日(厚床-西別)
延伸 1934年10月1日(西別-中標津)
開業 1936年10月29日(標茶-計根別)
全通 1937年10月30日(計根別-根室標津)
廃止 1985年4月1日
先に厚床-中標津(廃止時の支線)が開通、標茶-計根別は「計根別線」と呼ばれていた。全通時に再編して、標津線の本線(標茶-根室標津)、支線(厚床-中標津)となる。


本線69.4kmに、1時間40分~2時間。
根室標津から標茶に出るだけで旅ですねえ。
標津線と関係ないけど、駅弁いいですねー。「すし」の表記が懐かしい。


支線47.5kmのほうは、1時間強。
1970年の時刻表と比べると、急行は廃止(しれとこは線内普通)、本数も減っている。

釧網本線で標茶へ。
釧路からしれとこ4号に乗ったようです。北見行の本体から分離して、標津線内は普通列車。
9分間停車して、13:30発で根室標津に向かいます。

根室標津。15:22着。駅員さんが写っているのはうれしいですね。
駅を出て海に出ると(100mくらいかな?)
国後島が目前に!
終着駅という佇まいが好きでした。果てですねえ。
折り返しは16:13発。

中標津で支線に乗り換えます。
16:43着→16:49発。写真は厚床方面のホーム。

厚床。17:56着。
wikiによると、駅舎側単式ホーム(手前、立ち位置)の1番線が根室本線の下り本線、島式ホーム内側の2番線が標津線、外側の3番線が根室本線の上り本線。
奥にいるのは上りなので18:15発釧路行と思われます。急行ではない。


1970年の時刻表。中標津までしれとこが急行のまま走っている。全体の本数も多い。

ここで根室本線に乗り換えて、根室に向かう。

厚床18:12発→19:10根室着。
永らく日本最東端の駅だった東根室(2025年3月廃止)でパチリ。
根室は盲腸線の扱いでとんぼ返り。19:36発→釧路22:30着。
3時間! 道東は広い。
釧路22:35発のまりも4号で夜を明かしましたとさー。まだまだ続きます。

最後に根北線です。
興浜北線・興浜南線の項でも触れましたが、
「オホーツク縦貫鉄道構想」
「オホーツク本線」
というのがありました。南稚内-網走で335km。
稚内-天北線-興浜北線—興浜南線-名寄本線-湧網線-釧網本線-根北線(斜里-越川)—根室標津。

時刻表は1970年10月改正のもの。
2往復!
1970年12月1日廃止なので、瀕死のタイミングですなー。あたしは3歳。乗ってませんw
最後に。
20日間、目一杯使ったこれ、、、

北海道ワイド周遊券。当時の時刻表によると、
学割で23,300円(20日間有効)
東京から。10月から冬季2割引。凄い切符がありました。これがなければ高1で全線乗るとか無理だったなあ。
B寝台に乗らず自由席なら夜行急行に乗り放題なので、宿泊費はタダ同然です。
大雪や利尻に乗り、上川や士別で上り⇔下りの乗り換えとかしてました。そういう大人がたくさんいた時代ですw あたしはガキでしたが。

北海道廃線シリーズ、続きます。













